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母の借金返済が滞って多額の借金に膨れ上がっていたのを知ってショックだった

私の親は、父と結婚していた頃とてもストレスが多く買い物へよく走っていました。収入よりも支出のほうが多かったため、買い物の度にクレジットカードを使い、キャッシングをして買い物をしていたようです。

 

その事実を知ったのは中学生のころで、当時自営業で会社を運営しており高級住宅街に住んでいた私の家族はてっきりお金に困っていないものだと思っていました。
なので母がキャッシングを繰り返し、返済が難しく多額の借金となっていたことを知った時はとてもショックでした。

 

お金の感覚がおかしくなっているように思い、お金は手元になくてもカードひとつで簡単に引き出せるもの、と思っていたように感じます。

 

結果的に祖母、祖父が肩代わりをしてくれたようで現在は借金はないのですが、娘としてお金を借りることはとても怖いことだなぁと学ぶことが出来ました。自分の身の丈に合った生活で十分なのでお金に困らず毎日笑って暮らせる環境でありたいな、と常日頃から思っています。

 

私の若き頃の過ち・・・

私が19歳の時の事です。家庭がめちゃくちゃになり、金銭的にもギリギリという生活でした。私も当時バイトをしていましたが父・母・私・弟の四人の生活費は全く足りず、知識も経験も何もない私はこの家庭内の崩れかかってるものを何とか修復したく当時の携帯のインターネットで20歳のバイトの方でもキャッシングができるところを探し電話をしてしまいました。

 

それも家族に秘密で。その頃は本当に怪しいのか、怪しくないのかなんて全くわからず、とにかく現金を用意しなければと思う気持ちでいっぱいでした。今思えば、おかしいとわかるものも、その時はわからず電話をした相手の方の言いなりのような契約だったのです。30万円を借り入れできたのはいいけれど、紹介者の方がいたため紹介者に15万円を払わなければならないというのです。訳も分からず半分脅しのような言い方に怖くなり借り入れした30万の中の15万を指定口座に支払いました。

 

残り15万円。予定とは違う・・・でも良い。と思いその時はなんとか過ぎました。でもバイト代から12000円の支払いは大変キツく途中から払えなくなり、その消費者の会社に相談にのってもらえればと思い電話をかけたところ女の方から男の方へ変わり低い声で「払えやこの野郎、ちゃんと払え」という言い方で半ば怒鳴られ、とても怖い思いをしました。そこからさすがに頑張っても支払えず電話もできず、だんだん支払いもたまり利子もプラスされ滞納金は膨れ上がっていきました。実家には督促状などが送られてきましたがなんとか家族にはごまかし、何年もその借り入れから無視し続けました。私は結婚・出産・離婚をし、時が経ってその消費者金融から連絡が途絶えたと思ったとき、裁判所から封筒が届きました。

 

運よく私が家にいた時でしたので良かったのですが、その封筒には差し押さえなど皆さんが知っているような内容が記載されてあり裁判の日程や場所も記載されていました。遅かったです。目が覚めるのが遅すぎました。調べてみたら、無視はできない。恐ろしいことも書いてありました。これはほっておけない、そう思うと行動できました。裁判所へ連絡し、裁判所が到底行ける場所ではなかったので出廷はできませんと伝えたところ、良い案を教えていただき翌日相手との遠離裁判のような形にしていただきました。結果低額ではあったんですが毎月の支払額を望みの金額にしてくださり、「和解」となりました。

 

後日和解書みたいなものを郵送していただいて、この裁判は終わりと同時に私の荷も下りた感じになりました。安易に借りてはだめです。返済能力と返済額をしっかり確かめてから借りるべきだとつくづく思わされました。今でも家族には秘密でいますが、それからは毎月支払っているので変な郵送物やはがきはあの和解書が郵送された日から送られてきません!!

 

自業自得ですが、このせいで逆流性胃腸炎・胃酸過多になりさらに過敏症にもなり、大変な思いをしてます・・・